【企業の歴史をたどる-2】タビオ 度胸なく、見れなかった「靴下屋1号店」

  • 2018年01月12日更新
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84年11月1日、売り場面積5坪足らずの「靴下屋」1号店が福岡県久留米市にオープンしました。

現地でお茶の店を営んでいた渕上憲士郎さんが業態転換し、タビオと取り組んだフランチャイズ(FC)でした。

その2年前、旧三愛の神戸・三宮店で3.3平方メートルの「DOS」を開店して以降、複数のコーナー展開を進めるなか、断トツの坪効率を確保していました。

「靴下の専門店でもいけるという感触はあった」と越智直正代表取締役会長。それでも「素人さんを巻き込み、万一の時どう責任をとれば良いか相当悩んだ」と振り返ります。当時の越智さんも生産関連の業務に手いっぱい。久留米に行く時間が取れなかったが、「何よりも、わしに見に行く度胸がなかった」。

(写真=靴下屋1号店。場所は変わったが、渕上氏とのFC関係は今も続く)

開店間もなく、夜中に女性販売員から越智さんに電話が掛かりました。泣き声のような声にどきっとすると、「黒山の人だかりで、全員食事も取れません」とのうれしい悲鳴だった。

九州のテレビが話題店として取り上げ、各地からFCの要請も相次ぎます。ただ、要請に応じ九州各地に十数店設けた店の大半は今一つ。一時戦略を白紙に戻す局面もありました。こうした失敗が人口10万人、県庁所在地優先など、以降の出店戦略の大きな教訓になりました。

(写真=「銀座から世界へ。本物のレッグウェアの発信」をめざすギンザシックス店)

その後、工場から店頭まで一気通貫型の生産、情報システムの整備、欧州出店など、タビオ独自のビジネスモデルが生まれていきます。

靴下屋も既に直営・FC合わせ約220店に拡大、今は「タビオ版オムニチャネル」へと、新たな発展を模索中です。

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