
ファッション業界に欠かせない糸やテキスタイルなどの素材。綿やウールといった天然素材や、ポリエステル、ナイロンといった合繊素材など、前回は川上業界が作る「素材」とは何なのかを学びました。今回はその素材を誰がどうやって作っているのか見ていきましょう。
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綿・毛の糸は紡績、合成繊維は合繊メーカー
[Q] 糸を作る企業ってどういったところがあるの?
[A] 作る糸の種類によって異なりますが、一般的に紡績と呼ばれる綿糸を作っている企業としては、ダイワボウホールディングス(HD)、日清紡HD、クラボウ、シキボウ、日東紡、富士紡HD、KBツヅキ、第一紡績などがあります。
毛糸を作る毛紡はニッケやトーア紡コーポレーション。麻糸を作る麻紡は帝国繊維やトスコなどが代表的な企業です。会社名の最後に「紡(ボウ)」がつく企業はもともと紡績から出発した企業で、これらの会社は明治時代に創業した会社も多く、日本の製造業の出発点とも呼べる存在ですね。
紡績工程の様子(第一紡績)
また、主にポリエステルなど合成繊維を作っている企業としては東レ、旭化成、帝人、クラレ、三菱レイヨン、東洋紡、ユニチカといった企業が有名ですね。現在ではどこも繊維以外のビジネスを手掛けていますが、こうした企業ももともと繊維の生産で始まった会社です。
東レはもともと東洋レーヨン、帝人は帝国人造絹絲(人造絹絲とはレーヨンのこと)、クラレは倉敷レイヨンという社名で、今の社名はその名残りとなっています。先ほど挙げた企業のうち東洋紡とユニチカはもともと綿紡績からスタートした会社で、現在でも国内で質の高い綿糸を作っています。
糸を作るためには大きな工場を作ってたくさん作った方が効率が良いため、大きな設備投資が必要です。そのため、紡績や合繊といった企業はもともと大きな会社が多いのです。
上記の画像はイメージです
現在では海外からの安価な輸入品に押されて生産数量も少なくなっていますが、長年培った品質管理力や技術力を生かし、付加価値の高い糸を生産しています。例えば、綿糸の原料となる綿花は農作物、ウールは畜産物ですから取れた年や場所、保管状況などで原料の性質に違いが出ます。原料のブレンドや紡績手法などで、糸を一定の高い品質に保つことができるのは、長年の歴史がある日本の紡績ならではの技術です。
また、合繊の中には世界で日本の企業だけしか作っていない貴重な繊維もあります。スーツの裏地やインナーなどに使われているキュプラという繊維を作っているのは世界で旭化成だけ。パルプと化学品を合成させたアセテートの一種、トリアセテートは三菱レイヨンだけが作っています。
糸を生地にするのは日本各地の「産地」
[Q] では生地は誰が作っているの?
[A] 紡績や合繊メーカーが自ら織布工場を持ち生地を生産しているケースもありますが、一般的には布を織る機屋、糸を編むニッターなど中小企業が集積している「産地」で作られることが多いです。
綿織物や毛織物、ジャージー、セーターなどの横編みニットなど、産地によって作られる品種は異なっており、化合繊テキスタイル産地といえば北陸、綿織物だと播州や三備、毛織物だと尾州が有名です。
産地が生まれた理由には様々な要因がありますが、まず一つには歴史的な経緯があります。例えば北陸の福井県では奈良時代から絹糸を使った繊維製品を生産しており、その技術を使ってシルクと同じ長繊維である合繊の織物を作る産地が生まれました。他の産地も古くから綿織物や絣を生産していた場所で、長年培った技術が現在の織物やニットの生産に生かされています。
また、テキスタイル生産は、工程ごとに様々な業種が分業で担っている分業制のため、一つにまとまった方が生産効率が良いといった理由もあります。例えば、綿織物の場合は糸を織機にかける前の準備段階や染色整理加工する工程が必要であり、それはたくさんの量を一度にやらないと効率が悪いため、産地内たくさんの機屋さんと数軒の染色工場が生まれました。近距離に各工程の工場があれば、工程間で起きるトラブルにすぐに対応できるメリットもあります。
工場見学など産地間の交流も開かれている(昨年の綿工連綿’s倶楽部全国交流会の様子)
織機や編機などの設備投資は紡績や合繊の糸の生産より始めるのにお金もかからず、比較的参入しやすかったこともあり、高度経済成長期には多くのテキスタイル産地で輸出向けの生産が盛んになりました。現在では生産量が最盛期の10分の1以下になっている産地もあるなど、生産量は少なくなってしまいましたが、国産ならではの品質の良さや安心感が評価されています。物作りに関心のある若者が産地企業に就職するケースもあるなど、活性化に向けた様々な取り組みが行われています。
テキスタイル産地以外にも縫製産地もあります。例えば岡山県倉敷市の児島は、学生服、ワーキングウェア、ジーンズの縫製産地です。ジーンズのイメージが強いかも知れませんが、もともと学生服を生産していた企業がジーンズ生産を始めたことがきっかけで、現在でも多くの学生服メーカーが存在します。ジーンズ縫製が始まったことで、児島にはジーンズに着古した風合いを出すダメージ加工や、生地を柔らかくしてはきやすくする洗い加工を施す加工場も集まっています。
生地の流通は卸と直接アパレルへも
[Q] 産地で作られた生地はどうやって流通していくの?
[A] 一般的には機屋や染工場などの産地企業は発注元である合繊メーカーや紡績、商社からの受注に応じて生産し、加工賃を受け取っています。
ただ産地の機屋の多くは人が少なく自前で営業ができないため、産元商社と呼ばれる存在が受注を取りまとめ、零細の機屋に生産を委託する役割を担うこともあります。そのため、産地で作られた生地は商社やコンバーターなど卸売り業者からアパレルが購入するのが一般的です。
消費者へ直接販売し、産地の製品をアピール(岡山県の井原駅にある井原デニムストア)
機屋や染工場は長い間、メーカーや商社の注文に応じて生産する商売が主流でした。しかし、最近では産地の企業が直接アパレルや消費者に生地を販売するケースも増えつつあります。産地企業は大量に生地を生産するため中小のアパレルとはロットが合わないといった課題もありますが、経糸を共通にして、なるべく小ロットに対応しようとするといった工夫も見られるようになってきました。
「ジャパン・クリエーション」や「プレミアム・テキスタイル・ジャパン」などの展示会では、そうした自販事業に取り組もうとする産地企業が多数出展。尾州や播州といった産地では産地企業が集まり、毎年東京で生地の展示会を開いています。