【シリーズ・私が駆け出しだったころ】 三陽商会の岩田功社長 「自分への投資を惜しまずに」

  • 2018年09月10日更新
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アパレル・ファッション業界の経営者に、自身が新人だったころの体験談やその後に大きな影響を与えた出来事を語ってもらいます。今回は三陽商会の岩田功社長です。

日本一のコートMD目指す 

物作りに携わる仕事がしたいと思い、自分自身もファッションが好きだったので、アパレルを志望しました。入社は82年です。3カ月の商品センターの研修を経て、紳士の百貨店営業に配属されました。営業の仕事すら分からないままでしたが、週末になれば販売に行けと言われたり、すべてがOJT(現場教育)でした。

4年目に自己申告制度を利用して商品企画に異動しました。担当したのは「サンヨーコート」です。企画立案から仕入れ、ときには絵を描いてデザイナーのようなこともしていました。当時コートは9月中旬に売り場が立ち上がり、11月のピーク時には大きな売り場が取れていました。サンヨーコートはトップブランドでしたし、今では考えられないかもしれませんが1日に数百着も売り上げていました。作る数も今とはケタ違いです。自分が企画したコートがヒットし、通勤の電車内で見かけると非常にうれしかったですね。

「日本一、世界一のコートのMDになる」ことを目標に、24時間・365日、コートのことばかり考えていました。国内外の雑誌や資料をあさり、過去から最新のものまでコートに関するあらゆる情報を集めました。とにかく仕事が面白くて仕方なかったです。

とはいえ成功ばかりではありません。デザイナーが出した色見本をよく見ずに生産に回してしまい、白衣のような真っ白なコートが上がってきたことがありました。出しても売れず、値下げをしても残り、倉庫に残ったコートが並んでいるのを見たときはさすがにがくぜんとしました。

経験に勝るものはない 

百貨店の営業では客との接点ができ、企画では素材産地や工場によく行っていました。海外ブランドとの提携に関わったり、海外市場を見る機会もありました。現場に出向き、見て、話し、触れること。こうした現場での経験に勝るものはありません。

ファッションの仕事は今、洋服を作って売るだけでなく、衣食住すべてにわたるライフスタイルをどうコーディネートするかという次元へと進化してきました。人々の気持ちを高めたり、幸せにすることができる、価値ある仕事ができる業界です。

頭が柔らかく、吸収力の高い若い頃に、興味があることに挑戦したり、良い物に触れることは、自分の幅を大きくし、質を高めることにつながります。私自身も少しだけ背伸びをしながら、良い物に触れてきました。

加えて、20~30代の頃は年間50冊以上は本を読んでいたでしょうか。読書も視野を広げ、人としての容量を大きくしてくれます。さらに、サーフィンやトレーニングは若い頃から続けています。仕事以外に打ち込めるものを持っていることも大事です。気分転換にもなりますし、仕事以外の人間関係を築くことにもつながります。

(繊研新聞2018年3月23日付けから)

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