創業店をたどる③ アダストリア「水戸の高校生でにぎわう、男女の交流場所」

  • 2017年03月01日更新
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今では全国的に有名になった企業の、原点のお店を知っていますか? 各社の当時を知る方々に、1号店やその後の変遷(へんせん)にまつわる貴重なエピソードを語っていただきました。現在のショップと、当時の写真もぜひ見比べてみて下さい。日本のファッション業界の歩みを感じることができるはずです。5回に渡ってお送りします。

 

アダストリア 「水戸の高校生でにぎわう、男女の交流場所」

「グローバルワーク」や「ニコアンド」を展開するアダストリアの福田三千男・代表取締役会長兼最高経営責任者(CEO)の祖父が大正時代に学生服を販売、戦後に父・哲三氏が福田屋洋服店として紳士服小売業を始めました。
 


写真=「メンズプラザ・ベガ福田屋」(写真は76年の初売りの様子)

後に福田会長が入社し1973年、茨城県水戸市泉町にFC形態のメンズカジュアルショップ「メンズプラザ・ベガ福田屋」をオープンさせました。郊外型紳士服チェーンへの対抗策として始めたカジュアル事業、これが同社の原点です。

「当時は、高校生が服を買いに行くような店がほとんどなくてね」と福田会長。裕福な家の子供が通う男子校が近くにあったためそこに目をつけ、飲み物で販促をかけてまず女子学生を店に呼び込みました。「若い男女の交流がなかなかできなかった時代。男子学生が詰めかけて、初めて水戸に高校生が集まる場ができました。当時だからできたやり方でしょうが」。


写真=「ベガ」は後に「ポイント」に。現在は美容室になっているといいます

仕入れには苦労しました。「(当時の人気ブランドである)『VAN』も、近隣の他店が契約しているといった理由で最初は扱えなかった」といいます。「東京の問屋も水戸までは売りに来ないし、買い付けに行って『どこから来たの』『茨城です』とやり取りすると、『常磐線には売れないよ』と言われました」。

それでも、”空白マーケット”だった水戸でカジュアルウエアを扱ったことで大きな売り上げをたたき出し、「父の代から支払いはきちんとするようにしていたので、問屋さんとも取引しやすくなりました。水戸で始めなければうまくいってなかったかもしれません」。

その後、多店舗化を進めましたが、FC店のベガをやめてその地で新しく自分の店を始めることにしました。「仲間がよく釣りをやっていて、そこにヒントを得て、人が集まる店に、との思いで店の名前を付けました」。それが82年に開始した「ポイント」です。93年には社名もポイントに変更。ポイントは15年、会社統合により現在の社名になりましたが、アダストリアの企業としての本店所在地は今も水戸のままです。


写真=同社の最近の店舗(東京・原宿の「ニコアンドトーキョー」)

(元原稿は、繊研新聞 2016/01/01 日付から)

 

【シリーズを読む】

■創業店をたどる① ストライプインターナショナル “やきもち”が生んだ店

■創業店をたどる② しまむら「キーワードは”とにかく人が集まりやすいところ”」

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